陶磁器釉薬(高火度うわぐすりの調合)


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釉薬調合(高火度うわぐすりの調合の考え方)
1990年6月16日(パラントラ2巻1号発表)

2.うわぐすりの化学 広瀬典丈

contents1高火度釉に対する考え方と灰釉の調合方法
|はじめに|うわぐすりの技術の三つの流れ|世界の陶磁器文化の流れ|
|灰釉の調合方法|2成分系、3成分系の釉調合|原料の4成分区別の仕方|
2うわぐすりの化学 3化学結合の性質 4珪酸塩ガラスの構造
5釉式座標による灰釉性状図 6含鉄灰釉・土石釉の性状図
7釉式計算の仕方 8釉式を使った釉調合の方法 9長石-CaO-BaO-MgO-ZnO系透明釉性状図
10
長石-CaO-BaO-MgO-ZnO系+Fe2O3性状図

はじめに

わたし達は1972年から数人で陶磁器のうわぐすり(高火度釉)の試験をしていました。『高火度釉基礎試験』というプランを立てて、試験がまとまればガリ版刷りの機関紙に発表するという形式で23号まで発行しました。それ以前のわたし達の知識は、陶芸入門書に書き出されたばらばらの調合例を見たり、そこにに示されたゼーゲル式という化学組成式がどうも釉の調合や焼成温度を決めるのに役立つらしいなどといった漠然としたもので、うわぐすりをどのようにとらえていけばいいのかまったくわかりませんでしたが、ある時わたし達は、加藤悦三氏の『釉調合の基本』(窯技社刊)という本を知りました。その本には、沢村滋郎による鉄釉の研究方法やその成果の紹介もされており、また、加藤悦三氏がいた名古屋工業技術試験場でのうわぐすり試験の結果が、初心者にもわかるようにやさしく体系的に説明されていました。
それらの方法はゼーゲル式を使って釉薬の性質と性状、種類を関連づけていこうとするものでした。わたし達は、これによって初めてうわぐすりが化学的な方法で系統だてて理解できることを知ったのです。『名工試報』や『窯技』という雑誌も知りました。わたしは1973年の春から、沢村次郎の試験と名工試の試験を合わせて、高火度釉の性状をゼーゲル式と対応させて網羅的に調べあげていくつもりになりました。そして、その試験プランに共鳴した数人で釉研究会は始まったのです。
しかし、わたし達は間もなくガラス工学の権威である山本徳治先生の直接の指導を受ける幸運を得て、この試験方法は無駄が多く限界のあることが分ってきました。山本徳治先生のところでわたし達は、

  • 釉薬をある種の溶液のように酸化・還元あるいは酸・塩基といった化学反応の問題として、理論的・半定量的にあつかえるということ。
  • そこから、釉薬の色や性状、釉中の遷移金属イオンや、結晶、コロイド状態、その他、釉のすべてにわたる見通しを得られること。
  • 焼成条件冷却条件から、二度焼きのような新しい方法など、コーニング社の『パイロセラム』(結晶化ガラス)の紹介から結晶化理論というガラス工学的なアプローチの有効性。

などについて、山本徳治先生のご指導やご紹介で知ったのです。
こうした話は、当時のわたし達にとって目から鱗が落ちるような新鮮なショックでした。私は京都の工業試験場に研修生として入って、そこにあった『窯業協会誌』や『セラミックス』『化学と工業』などの工業関係の雑誌から、量子化学や『重合体としてのガラス』『ガラス化条件』『スクリーニング理論』『酸素分圧の理論』『配位子場の理論』など、陶磁器の釉薬に関係ありそうな報告や記事のコピーをとって、私たちの釉薬の試験に結びつけようとしました。
一方、わたし達の最初に試みた高火度釉の試験がある程度まとまってきましたし、わたし達にとってはこの試験はもう続ける意義がありませんでしたから、それを『高火度釉基礎試験』としてまとめ1976年に発行しました。だいたいわたし達がグループとして釉薬の試験を行なったのはこの頃までで、その後はそれぞれ独立して自分自身の仕事と結びつけながらそれぞれの釉薬試験をしています。しかも、化学工業の雑誌のコピーもこの年で終ってしまいましたから、その頃盛んに発表されていた『酸素分圧の理論』が、『スクリーニング理論』にとって変わる酸化・還元反応と酸・塩基反応を統一的にとらえる新しい方法なんだなと漠然と感じた後の、新しい化学・工学に対する知識以上の進展は私自身にはありません。
それでも私は、以前から『高火度釉基礎試験』以降の釉薬に対するわたし達の考え方を、もう少しまとめておいたほうがいいのではないかと思ってきました。それは、一方でガラスに関する工学的な知識がどんどん進んでいるにも関わらず、陶磁器の釉薬をあつかう現場では、あいもかわらぬ古い方法で釉薬が作られ、新しい知識が下りてこず、まれにあっても実践的でないといったことが多いからです。これから何回かに分けて、なるべく実用的な方法で、釉薬に対してわたし達が知った知識を説明していきたいと思います。

(一)高火度釉に対する考え方

(1)うわぐすりの技術の三つの流れ

陶磁器のうわぐすりというのは、その素地の表面に融着した珪酸塩のガラス物質です。
その発生と技術の流れは、

1.メソポタミア、エジプト起源のアルカリ釉、
2.小アジア起源でペルシャ、ローマ、ヨーロッパに広がった鉛釉、
3.中国起源の灰釉(長石釉)

という、三系統に大別されます。
1.はソーダ灰と珪砂の混合を基本としていて、だいたい1000℃までの低温で熔けてガラス化します。
2.はソーダ灰の代わりに、鉛白・鉛丹などの、鉛化合物が使われていて、やはり1000℃までの低温で焼成するのです。これらの釉薬のことを『低火度釉』といっています。
3.の灰釉(長石釉)が、これから説明していく『高火度釉』の技術で、長石質の土石と木灰の混合を基本とする釉薬で、1300℃前後の高温で焼成する磁器ストンウェアのうわぐすりとして用いられるものです。

1
アルカリ釉

ソーダ灰__珪砂系

低火度釉
2

鉛釉

鉛化合物__粘土__珪砂系
3

灰釉(長石釉)

木灰__長石__陶石系

高火度釉

図表1.三つのうわぐすりの技術

軟陶・低火度釉・ガラスの文化
(800〜1000度C)
石器磁器・高火度釉の文化
(1200〜1300度C)

エジプト

小アジア・メソポタミア

アルカリ釉・ガラス

鉛釉・鉛ガラス

ソーダ灰__珪砂

鉛__粘土__珪砂
↓ ↓  ↓

ヨーロッパ

ローマ

トルコ

ペルシャ

中国

灰釉(長石釉)

木灰__長石__陶石
↓  ↓

インドシナ

朝鮮

日本

 ↑←---------------------------------------------| 
図表2.世界の陶磁器文化の流れ

 

(2)灰釉(長石釉)の調合方法 

灰釉(長石釉)は、中国で始まった高火度の磁器ストーンウェアの技術に対応して発達したうわぐすりで、その基本は長石と木灰の二つを適当に配合するという考え方から出発しています。
長石の全部または一部を陶石や粘土で置きかえることもできますし、木灰を石灰石に変えることもできます。木灰のうちでも、藁灰のような珪酸を多く含む灰を区別すると、長陶石−木灰−藁灰系という3成分系のうわぐすり調合法も生まれ、さらにそれを長陶石−石灰石−珪石系に置きかえるということもされています。

陶長石______木灰(石灰石)
100%________100%
陶長石100%

木灰100%_____藁灰100%
図表3.長石−木灰・2成分系、長石−木灰−藁灰・3成分系の釉調合

長石はそれだけでも熔けて釉薬化しますし(志野釉など)、木灰も素地の上に掛けて焼けば、素地と反応してうわぐすりになるものもあります。だから、長石100 %から木灰100 %までの間の置き換えは、そのほとんど がうわぐすりとしてとりあえず使えるわけです。
ただ、長石が多いとうわぐすりは熔けにくくて粘りがあり、木灰が増えるにしたがって熔けやすくて粘りがなくなります。
それで、長石や陶石のようなうわぐすりの主成分となる原料を<基本原料>、木灰や石灰石のようなうわぐすりを熔けやすくする原料を<媒熔原料>というふうに区別しています。
それに、粘土や藁灰、珪石のように単独では熔けない<粘土質原料><珪酸質原料>を加えて、うわぐすりをこの4成分系として考えていくような方法もあります。

媒熔原料

  基本原料   粘土質原料   珪酸質原料
木灰 長石 カオリン 藁灰
石灰石 陶石 粘土 籾灰
マグネサイト フリット セリサイト 珪石
亜鉛華 ガラス粉 蝋石
炭酸バリウム    
図表4.うわぐすりの原料の4成分区別の仕方

<主な参考文献>
『釉調合の基本』加藤悦三著‥‥窯技社
『名工試報』名古屋工業技術試験場
『窯技』‥‥窯技社
『高火度釉基礎試験』編集発行-釉研究会書記局(1976) \1600
残部があります。ご注文は下記まで。
郵便振替口座=00870-6-33157 広瀬典丈 e-mail

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